【下田市】開国の街・下田の歴史まとめ|黒船・ペリーロード・ハリス・龍馬の足跡をたどる
観光・レジャー 📍 下田市 📅 2026年6月17日 03:49

【下田市】開国の街・下田の歴史まとめ|黒船・ペリーロード・ハリス・龍馬の足跡をたどる

伊豆半島の南端にある下田は、海と温泉、金目鯛のまちとして知られています。けれどこの港町は、日本の歴史が大きく動いた「開国の現場」でもあります。ペリーの黒船、初代アメリカ総領事ハリス、悲劇の女性・唐人お吉、そして坂本龍馬まで——幕末史の主役たちが、この小さな港に足跡を残しました。

この記事では、下田の開国の歴史をできるだけわかりやすく整理しながら、連載「みなみと歩く 黒船の街・下田」の各回への入口をまとめます。まず全体像をつかんでから各話を読むと、街歩きがぐっと立体的になります。

黒船の街・下田に出会う

みなみ シモダじいさん、下田って「開国のまち」ってよく聞くんですけど、横浜とか神奈川じゃなくて、どうして下田なんですか?
シモダじいさん いい質問だ。日本が初めて外国にひらいた港のひとつが、この下田なんだよ。嘉永7年——西暦でいうと1854年——に結ばれた日米和親条約でな、下田と箱館(今の函館)の二港を開くと決まった。しかも下田は「即時開港」、つまりすぐに開け、というわけだ。黒船で来たペリーも、初めてのアメリカ総領事ハリスも、まずこの下田に上陸した。日本とアメリカの付き合いは、ここから始まったんだ。
みなみ えっ、日米のお付き合いの出発点がここなんですね…! じゃあ街のあちこちに、その時代の跡が残ってるってことですか?
じいさん そういうことだ。了仙寺、玉泉寺、ペリーロード、宝福寺、寝姿山——歩いてまわれる範囲に、開国の物語がぎゅっと詰まっている。順番に見ていこうか。

この記事でわかること

黒船来航と下田開港の流れ/日米和親条約と「下田条約」とは/了仙寺・玉泉寺・ペリーロード・宝福寺・寝姿山それぞれの役割/初代総領事ハリスと唐人お吉/坂本龍馬と下田のつながり/開国さんぽの歩き方。そして連載「みなみと歩く 黒船の街・下田」全5回への入口です。
みなみ「まず全体像を知ってから各回を読むと、わかりやすそう!」

黒船来航と、下田が「日本最初の開港地」になるまで

嘉永6年(1853年)6月、アメリカのペリー提督が軍艦4隻を率いて浦賀に来航しました。蒸気で進む黒塗りの巨大な船体は人々を驚かせ、のちに「黒船」と呼ばれます。ペリーは翌年の回答を約束させて一度引き揚げ、嘉永7年(1854年)には艦隊を増やして再び江戸湾へ入り、開国を迫りました。そして同年3月3日、神奈川で日米和親条約(神奈川条約)が結ばれます。この条約で、アメリカ船への燃料・食料の供給と、下田・箱館の開港が決まりました。箱館は1年後、下田は即時の開港です。

条約締結後、ペリーは下田に入港します。そして下田の了仙寺を舞台に細目の交渉が重ねられ、嘉永7年5月22日(西暦1854年6月17日)、付録にあたる「下田条約」13ヶ条が調印されました。アメリカ船員の上陸場所や休息所(了仙寺・玉泉寺)、埋葬所などが具体的に取り決められ、下田は名実ともに開国の最前線となったのです。

了仙寺|日米下田条約が結ばれた寺

了仙寺は、来航したペリー一行の応接所となり、日米下田条約が締結された場所です。ペリーは軍楽隊を先頭に、水兵の列を率いてこの寺へ乗り込んだと伝えられます。境内には黒船・開国にまつわる資料を集めた施設もあり、開国史を学ぶ入口にふさわしいお寺です。

→ くわしくは連載第1回「日本の開国って横浜から始まったんじゃないの?」で。

ペリーロード|ペリーが行進した参道

了仙寺へ続く参道は、ペリー一行が行進した道にちなんで、いつしか「ペリーロード」と呼ばれるようになりました。平滑川(ひらなめがわ)沿いに約700mほど続き、幕末から大正期に建てられた石造の洋館や古民家が残ります。今は古民家カフェや雑貨店が並ぶ、下田を代表するレトロな散歩道です。

→ くわしくは連載第3回(近日公開)で。

玉泉寺|日本最初のアメリカ総領事館とハリス

柿崎地区にある玉泉寺は、日米和親条約で黒船乗員の休息所・埋葬所に指定された寺です。さらに安政3年(1856年)、初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリスが下田に着任し、ここに日本最初のアメリカ総領事館が置かれました(安政6年・1859年まで)。ハリスは通訳のヒュースケンらとともにこの寺で暮らし、やがて日米修好通商条約へと続く交渉の足場としました。境内にはハリスゆかりの記念館があります。

→ くわしくは連載第2回(近日公開)で。

宝福寺|唐人お吉と、坂本龍馬脱藩の赦免

宝福寺は、かつて下田奉行所が置かれた寺で、二つの幕末ドラマの舞台として知られます。ひとつは、ハリスのもとへ奉公したと伝わる女性唐人お吉(斎藤きち)。天保12年(1841年)に愛知で生まれ、幼くして下田に移り、芸者となりました。安政4年(1857年)にハリスのもとへ奉公したと伝えられますが、その後は世間の偏見にさらされ、不遇のうちに生涯を閉じたとされます。彼女の菩提寺がこの宝福寺で、隣接して遺品や資料を展示する記念館があります。もうひとつは坂本龍馬。土佐藩主・山内容堂が下田に滞在した際、勝海舟が容堂に面会し、龍馬の脱藩の罪を許してもらったと伝わります。その「容堂・海舟謁見の間」が今も残されています。

→ くわしくは連載第4回(近日公開)で。

寝姿山|開国の港を見下ろす

連載の締めくくりは、下田ロープウェイで登る寝姿山から。山頂の展望台からは、黒船が入ってきた下田港と伊豆の海が一望できます。縁結びで知られる愛染堂などもあり、開国の舞台を一望しながら街歩きを振り返るのにぴったりの場所です。

→ くわしくは連載第5回・まとめ回(近日公開)で。

下田・開国さんぽの歩き方

起点は伊豆急下田駅。了仙寺・ペリーロード・宝福寺は駅から徒歩圏(おおむね10〜15分)にまとまっていて、半日あれば歩いてまわれます。玉泉寺は柿崎地区にあり駅から少し離れるため、バスや車が便利です。寝姿山へは下田駅近くのロープウェイで。全体をじっくり巡るなら1日みておくと安心です。各スポットの拝観時間・料金は、訪れる前に公式サイトで最新情報を確認してください。

連載「みなみと歩く 黒船の街・下田」もくじ

みなみがシモダじいさんに教わりながら、開国の街を1か所ずつ歩く連載です。各回は順次公開していきます。

  • 第1回:了仙寺|日本の開国って横浜から始まったんじゃないの?
  • 第2回:玉泉寺|ハリスが暮らした「日本で最初のアメリカ」(近日公開)
  • 第3回:ペリーロード|なぜ川沿いに異国情緒の石畳があるのか(近日公開)
  • 第4回:宝福寺|唐人お吉と、龍馬の脱藩が許された日(近日公開)
  • 第5回:寝姿山|港を見下ろして/開国の街まとめ(近日公開)

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この記事を書いたライター

みなみ
みなみ 観光・アウトドア担当

伊豆の海とアウトドアが大好きなライター。ヒリゾ浜から弓ヶ浜まで、透明度・波高・混雑度を毎回確認した上で、「今行く価値があるか」を正直に伝えます。

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