【下田市】みなみと歩く 黒船の街・下田④|宝福寺、唐人お吉と龍馬の脱藩が許された日
観光・レジャー 📍 下田市 📅 2026年6月20日 18:46

【下田市】みなみと歩く 黒船の街・下田④|宝福寺、唐人お吉と龍馬の脱藩が許された日

地元の歴史にやたら詳しいシモダじいさんと一緒に、下田の開国の舞台を歩く連載「みなみと歩く 黒船の街・下田」。第4回は、ペリーロードからほど近い「宝福寺(ほうふくじ)」へ。

このお寺には、まったく毛色のちがう二つの幕末ドラマが眠っています。ひとつは坂本龍馬、もうひとつは唐人お吉。テーマは「なぜ土佐の龍馬の“脱藩”が、下田で許されたの?」です。

龍馬の脱藩が許された寺

みなみ じいさん、宝福寺には坂本龍馬の像と「飛翔之地(ひしょうのち)」の碑がありますね! でも龍馬って土佐=高知の人ですよね。なんで下田に?
シモダじいさん いい問いだ。龍馬はな、一度「脱藩」——藩を勝手に抜け出す、当時はとても重い罪を犯していた。その罪が許されたのが、この宝福寺なんだよ。
みなみ 脱藩…! それが許された場所が、ここなんですか?
シモダじいさん 文久3年——1863年——の1月だ。土佐の殿様・山内容堂が、この宝福寺に泊まっていた。そこへ、龍馬の師匠にあたる勝海舟が下田に来ていると聞いて、容堂が「一杯やろう」と海舟を呼んだんだ。
みなみ お殿様と、龍馬の先生が、お酒の席で…!
シモダじいさん 海舟はその席で「龍馬の脱藩を許して、身柄を自分に預けてほしい」と頼み込んだ。容堂は海舟が下戸——酒が飲めないのを承知のうえで「ならば、この大杯を飲み干してみよ」と返した。海舟は、ためらわずに飲み干したそうだ。
みなみ 飲み干した…! 先生、体を張ってますね。
シモダじいさん そうして容堂は、白い扇に瓢箪(ひょうたん)の絵を描き、赦免の証として海舟に手渡した。こうして龍馬は脱藩を許され、ここから天馬のように飛び立っていった。だから「龍馬飛翔之地」と呼ばれているんだ。
みなみ だから境内に、龍馬の像と碑があるんですね。なんだか胸が熱くなります…!
シモダじいさん 毎年1月には「龍馬飛翔祭」も営まれてな。今でも龍馬を慕う人が、ここに集まるんだよ。
みなみ かっこいい…! 下田が、龍馬の人生の分かれ道だったんですね。じゃあ、もう一つのドラマっていうのは?
シモダじいさん この寺はな、「唐人お吉」が眠る菩提寺でもあるんだ。お吉は、第2回の玉泉寺に来た、あのハリスにゆかりのある女性でな。点と点が、またつながるだろう。
みなみ あっ、ハリスの! どんな方だったんですか?
シモダじいさん 斎藤きち——天保12年、1841年に生まれた芸者だ。ハリスのもとへ奉公したと伝わるが、そのことで世間の偏見にさらされ、後年は不遇のうちに生涯を閉じたという。幕末の大きな波に翻弄された、一人の女性だ。
みなみ 歴史の華やかな話の裏に、こういう人生もあったんですね…。しっかり手を合わせていきたいです。
シモダじいさん うむ。龍馬の“飛翔”と、お吉の“哀しみ”。光と影、両方を抱えているのが、この宝福寺なんだよ。

宝福寺とは|日米和親交渉の本陣にもなった寺

宝福寺は、永禄2年(1559年)に開かれたと伝わる寺院です。幕末の嘉永7年(1854年)、日米和親条約の交渉にあたっては日本側の本陣となり、ここに下田奉行所が置かれました。開国という歴史の大きな局面で、何度も舞台になってきたお寺です。

坂本龍馬、脱藩を許される|勝海舟と山内容堂の謁見

文久3年(1863年)1月、土佐藩主・山内容堂が宝福寺に投宿していました。軍艦奉行並として下田に寄っていた勝海舟を容堂が招き、酒席で龍馬の脱藩赦免が談判されます。海舟が大杯を飲み干して見せ、容堂は白扇に瓢箪の絵と「歳酔三百六十回 鯨海酔侯」の句を記して赦免の証としたと伝わります。龍馬はこの赦しを得て表舞台へ羽ばたきました。二人が向き合った「謁見の間」が、今も寺に現存しています。

唐人お吉が眠る菩提寺

宝福寺は、悲劇の女性として知られる唐人お吉(斎藤きち)の菩提寺でもあります。天保12年(1841年)生まれで、初代アメリカ総領事ハリスにゆかりがあると伝わりますが、そのために世間の偏見を受けたといいます。のちに芸者に戻り、髪結いや小料理屋を営んだ時期もありましたが、晩年は不遇のうちに、明治23年(1890年)に世を去ったと伝えられます。境内にはお吉の墓があり、隣接する記念館に遺品や資料が展示されています。毎年3月26・27日には「お吉祭り」が営まれ、その生涯が静かに供養されています。

なぜ下田に、これほど幕末史が集まるのか

了仙寺・玉泉寺・ペリーロード、そしてこの宝福寺。下田の狭い範囲に、これほど開国の物語が密集しているのは偶然ではありません。江戸へ向かう船の風待ち港として栄え、幕府が下田奉行を置いた要衝だったこの町は、開国にあたって真っ先に外国と向き合う最前線になりました。だからこそ、ペリーもハリスも、そして龍馬やお吉の運命までもが、この小さな港町に足跡を残したのです。連載をここまで歩いてくると、ばらばらに見えた史跡が一本の線でつながって見えてきます。

宝福寺へのアクセス・拝観メモ

  • 住所:静岡県下田市1-18-26
  • アクセス:伊豆急下田駅から徒歩約5分
  • 駐車場:普通車10台無料・大型バス2台
  • 拝観:大人400円・中高生200円・小学生以下無料/8:00〜17:00/年中無休
  • ※最新の拝観時間・料金は公式サイトで確認を

次回予告

いよいよ最終回・第5回は「寝姿山(ねすがたやま)」へ。下田ロープウェイで山頂に登り、黒船が入ってきた下田港を見下ろしながら、これまで歩いた開国の街をふり返ります。(近日公開)

▶ 連載の全体像は 開国の街・下田の歴史まとめ から。【第1回・了仙寺】/【第2回・玉泉寺】/【第3回・ペリーロード】もどうぞ。

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この記事を書いたライター

みなみ
みなみ 観光・アウトドア担当

伊豆の海とアウトドアが大好きなライター。ヒリゾ浜から弓ヶ浜まで、透明度・波高・混雑度を毎回確認した上で、「今行く価値があるか」を正直に伝えます。

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